慢性的な乗務員不足と需要の減少に悩むタクシー業界にとってコロナ禍は決定的な打撃を与えたかに見えます。その一方では社会インフラとしてのタクシーの役割を見直す動きもあり、withコロナ時代の需要を掴むための「再編」が加速化し始めました。
社会が望むのはタクシーの消滅ではなく、リノベーションによる脱皮です。
岐路に立つタクシー会社は次代への一歩をどの方向に踏み出すのでしょう。「再編」をキーワードに掘り下げてみました。
タクシー業界の現状
全国に法人タクシー事業者は6000社ほど存在し、その70%が保有台数20台以下の零細経営です。
また、タクシーは人件費率が平均で70%以上の労働集約型の産業です。経営基盤は総じて弱く収益構造が単純であるため社会環境の変動の影響を受けやすく、コロナ禍では前年比30~50%という大幅な売上減少を余儀なくされました。運転手の収入面で不安定なイメージが定着しています。そのために若年層に敬遠されやすく、慢性的な乗務員不足と高齢化に悩まされています。実際にタクシー乗務員の平均年収は低迷しており、全産業平均で最大で250万円の格差があるとも言われています。
以上は平均的な姿です。各社間には平均に現れない現状があります。減収減益を最小限に抑え、今後の需要回復を見越した一手を早々に打つ事業者も現実に存在します。
倒産、廃業によるM&A、再編の加速
このような状況の中で倒産あるはい廃業による撤退を余儀なくされるケースが相次いでいます。だだし、タクシー事業は公共交通機関として一定の役割を担っており、許認可事業として圏域において適正な車両数が割り当ています。タクシー車両を簡単に市場から撤退させるわけには行きません。現実的な方策としてM&Aを含めた“再編”の道が模索されはじめたのです。M&A、再編の在り方は様々ですが、大別すれば次の3つです。
この3つの動きの中に業界再編への「動機」と「状況」が見えています。何れにしても再編は、次の段階に備えるためであり、現在も変化し続けwithコロナ社会では急変を遂げるかもしれない消費者ニーズに対応出来るか否かが問われています。
大手企業による保有台数と乗務員確保を目的とする買収
東京4社等の大手企業による中小事業者のグループ化、子会社化が進んでいます。また、新たに第一交通産業グループによる三重県で中小事業者の買収など、地方においてもこの動きが見られます。
地域の交通インフラ保持と雇用確保のための自衛的統合
高知県須崎市では市内法人全社が廃業し、民間出資の新会社に統合されるなど、過疎地域の交通手段と雇用の確保のための再編も行われています。
地方中堅企業の商圏確保のための買収
売り手の動機は倒産・解散を避けるため、買手の動機はライバル他社の商圏拡大を阻止するために通例としれています。双方に急ぐ事情があり、計画性に乏しく、双方に得るところ少ないのですが、現実にはタクシー会社のM&Aの典型だと言わざるをえません。
進展する業務の効率化。急がれるIT化
ここでは予想される変化と対応すべき課題について見て行きましょう。
人件費比率の高いタクシー事業では、事務管理や配車部門の効率化は重要課題です。単なる人事の最適化だけでなく、消費者ニーズに対応しタクシーの最大の強みである「オンデマンド」のシステム化を進めるという観点で取り組む課題です。
既にタクシーの配車システムはGPSとデジタル通信の活用が主流となっています。そこに「クラウド型配車システム」という最新システムの導入も進み、IT化は急速に進んでいます。
消費者側の利用の仕方も変貌しつつあります。電話注文や流しのタクシーを拾う方法から、スマホアプリでタクシーを呼ぶ方法も一般化しつつあります。大都市圏を中心に急速に普及するアプリ配車ですが、電話離れが進む若年層を中心にボーダレスな拡大傾向にあり地方のタクシーも対応が急がれるところです。
IT化の波は同時に進む社会のキャッシュレス化と相まって、決済方法も多様化させました。キャッシュレス決済は大都市圏で早くから導入されていましたが、インバウンド対応を目的に政府主導で普及を進めた一昨年まで地方ではほとんど見られませんでした。カード、電子マネー、スマホ決済、配車アプリと紐づいたネット決済等種類も多く、より多様なサービスを提供するタクシーを選んで利用するという傾向も見られます。
ポストコロナ、今後の動きにも注視
ITの導入による効率化が浮沈のカギとなるタクシーですが国民生活の変化に注視していかなければなりません。旅客運送業である以前にまぎれもない「サービス業」である以上、時代の要請に背を向けることは出来ません。
withコロナからポストコロナに向かい、客足は回復しつつあるものの、消費者の動き自体が変わりつつあります。タクシーの呼び方も、利用の仕方も変わりつつあり「配車待ち」「つけ待ち」という「待ち」の時代が終わろうとしています。
IT化の本来の目的は「消費者目線のオンデマンド」にあります。需要と供給の効果的マッチングこそIT導入で追求すべきテーマなのです。
一方で規制緩和の動きも見逃せません。自動運転もそうですが、近い将来には実現の可能性が極めて高い事については資金も含めて準備する必要があります。
規制改革推進会議で議論されている「変動料金制」の導入などは担当大臣による「急ぎ進める」の言質もあり、将来の話しとは言えなくなりました。
さらに交通産業全体に目を向ければ、情報通信技術ICTの活用により、タクシーを含めた公共交通機関をシームレスにつなぎ「移動」の効率化を図るMaaS(Mobility as a Service)の研究や実証実験が進むなど激変含みです。
この流れに危機感を覚えることはやむを得ないでしょうが、そこは新しい時代でのタクシーの役割を肯定的に見直す動きとして捉えなければなりません。
事業再編による経営の最適化は不可避
ここまで見てきたように、変化はしても無くなることのないニーズを掴むためにソフト、ハード両面の投資は避けられず、費用対効果を重視した最適化の追求は急務となります。「クラウド型配車システム」の導入は保有車両が多いほど大きな効果を得られます。規模の確保と乗務員の充足=スケールメリットは最適化のための大前提になります。
早くからM&Aや無線グループ化が進んだ大都市圏では配車アプリやキャッシュレス決済機器の導入・更新に大手企業が主導的役割を果たしています。その流れはボーダレスであり地方の事業者も生き残りのための対応を余儀なくされています。零細事業者の割拠する全国各地で事業統合による再編が一挙に加速すると予測されます。
スケールメリットは手段。目的はあくまで経営の最適化
経営基盤に問題を抱える法人タクシー事業者の間で、以前より事業の売買は行われており、その多くは商圏確保のための場当たり的な吸収や合併でした。スケールメリットが目的化してしまい「企業価値の積算」の概念すらないM&Aが常態化していました。乗務員の充足度も習熟度も、車両の状態すらも勘案されず、ある県には「50万円×保有台数」の相場があったりするのです。M&Aが持続可能な交通インフラを整えて行くための経営の最適化目指すのであれば、これは「本末転倒」の状態です。
ここまで見てきたように、変化する社会に対応する事でタクシーは重要な社会インフラとして持続可能となり、新たな展開を望むこともできます。そのために明確なビジョン基づいた再編が図られるべきなのは言うまでもありません。
また、着々と進行するIT化、イノベーションの波は再編の在り方に多様な選択肢を与えてくれます。徳島県発のITベンチャーである電脳交通は、自社開発のクラウド型配車システムを利用した「パートナーシップ制度」を提唱しました。全国のパートナー企業を委託先にし、周辺の中小事業者で無線配車グループを組織し共同配車を行うという仕組みです。地域におけるMaaSまで視野に入れた再編策の一例です。
従来型の統廃合に加え、配車システム、車両装備、サービス、教育訓練等の面でスタンダードを共有した事業者による持ち株会社の設立なども選択肢になり得ます。
売却を思案する事業者も自社の保有する車両が再編のカギを握る重要な資産であることを再確認し、状況認識を新たにすればより有利な展開が期待できるものと思われます。
斜陽産業の代表格であるタクシーですが、変化への対応次第で地域を支える重要な交通機関として再出発できるのです。