日本のエネルギー自由化を牽引する新電力
2016年に低圧部門の自由化がスタートし、電力事業は全面自由化となりました。その中心を担っているのが小売電気事業者、いわゆる新電力ですが、現在では800社に迫る勢いで登録数が増え続けており、それだけ多くの事業者が新たなチャンスを期待し、電力小売事業に参入しています。実際に新電力への切り替え(スイッチング)も2020年には家庭向け(低圧)部門でも20%超と世界でも類を見ないほどのスピードで自由化が進んでいます。その背景には自由化からの5年間で、卸電力取引市場(JEPX)での電力調達量が大幅に増加してきたこと、またビジネスをおこなう上での様々なITシステムやアウトソーシングサービスが発展してきたことがあります。これにより新電力はほぼ完全ファブレスで容易に電力小売事業に参入ができるようになり、また2020年まではJEPXでの電力調達価格が低水準で推移したことで、収益性が向上、新電力ビジネスは順調に成長を遂げていました。
新電力を襲ったJEPXの大高騰・大混乱
そんな好調な状況の中、2020年の年の瀬から年明けの2月までJEPXの大混乱が新電力を襲います。
クリスマスも終わった12月26日ごろからJEPXでの卸電力の価格が高騰(スパイク)し始め、翌年1月13日には通常時の10倍ほどの価格となり、一日平均の最高値を更新。この以上な高値がほぼ1月中ずっと継続されました。
これまでも夏の酷暑や冬の寒気流入時などの電力逼迫時期には、1コマ(30分単位)での卸電力価格のスパイクはあったものの、これだけの高値で、かつ長期間に亘るのは、どの新電力も初めての経験でした。
JEPX大高騰が新電力に与えたインパクト
このJEPXの大混乱は、それまで順調であった新電力に大打撃を与えます。
電力小売に参入してからコツコツ内部留保を積み上げてきたものが、1ヶ月の間に一瞬にして吹き飛んでしまいました。特に電源調達におけるJEPXの比率が高い中小の新電力では、さらに深刻なダメージを受け、大きな損失=債務超過となってしまったところも少なくありません。
そんな中、2021年3月には、かつて新電力シェアでNo.1を誇った大手新電力のF-Powerが会社更生法適用の申請をおこないます。2020年6月期の年間売上高722億円に対して負債総額は464億円。「ついに来たか」という思いつつも、業界は大きな衝撃を受けました。
経産省もたまらず救済措置を講じるものの・・・
このように大きな痛手を被った新電力に対して、経産省も救済措置を講じます。インバランスと呼ばれる、販売しようとしていた電力量と実際に調達できた電力量の差分に対するペナルティ料金の支払いの分割が可能になりました。急激な卸売市場の高騰により、キャッシュフロー不足となった新電力へ資金調達猶予を与える形です。
また、異常な高騰となったJEPXに対しても、電力・ガス取引監視委員会などが原因調査・分析を開始。この調査には多くの新電力が期待を寄せており、今回のJEPX大混乱は個々の企業努力を超えるものであったとして、インバランス料金の返金など希望する声も少なくないですが、まだ結論は出ていません。
新電力が抱える課題・リスク
このように成長基調から一転、倒産ラッシュの可能性もある業界となってしまった電力小売ビジネスですが、改めて多くの新電力が抱える現状の課題・リスクを整理します。
キャッシュフロー上の課題
先程のF-Powerの例にもあるように、どの新電力も年間売上高の半分にもなる負債を1ヶ月のうちに被ってしまうことは完全に想定外でした。そのため資金余力の無い新電力は、キャッシュフローが完全に不足しています。
JEPXの高騰後、すぐに金融機関に働きかけ追加の資金調達をチャレンジしてはいますが、電力小売はもともと薄利多売ビジネスのため、追加資金分の回収計画の見込みはよくありません。そのため、現時点ではまだ表面化していませんが、今後破綻する新電力は増えるものと思われます。
財務諸表面でも大きな損失が足かせに
またキャッシュフローだけではなく、M&Aでは大きな観点となる財務諸表上の数字も厳しいものがあります。前述のF-Powerのように、前期年間売上の半分が負債総額になっているということも珍しくありませんので、通常のM&Aプロセスではまず値段は付かない状態です。たとえキャッシュフローの課題が解決したとしても、財務諸表上の大きな損失がボトルネックとなっています。
需要家とのトラブルの可能性も
2020年まではJEPXでの価格が低水準で推移していたこともあり、JEPXの価格と、電気料金の価格(需要家が支払う価格)を連動させる「市場価格連動型」の電気料金メニューがシェアを伸ばしてきていました。需要家は、このメニューのリスク=JEPXが高騰するリスクも理解した上で契約しているはずですが、今回のように10倍にも電気料金が跳ね上がることは想定していませんでした。実際に、10倍の料金を請求しすでに各所でトラブルとなっている、もしくは需要家に請求できずに損失をそのまま被りさらに窮地に立たされている新電力も少なくありません。
M&A成功のポイント
このような急激な事業環境変化の下、新電力のM&Aは活発になりそうです。ただし、ポジティブな合従連衡というよりは、救済型のM&Aが当面は主流となるでしょう。バイサイドもセルサイドもギリギリのところでタフな交渉となることが想像されます。
しかし、そんな中にも一定のセオリーは存在しますので、それらの点を整理していきたいと思います。そして、これらによって救済される新電力が少しでも増え、またエネルギー自由化というマーケットが成長基調を取り戻すことの一助となれば幸いです。
リカバリープランの具体性・実現性
新電力ビジネスに参入し成長していたということは、一定の顧客基盤を持ち、販売力や営業力、料金メニューの商品開発力、そして業務プロセスを構築・運用できるアビリティを持っている企業である、ということの証明でもあります。これら強みとなるアビリティを最大限に活かし、リカバリー策として目玉となる新料金メニューの開発や、これまでリーチできていなかった顧客層へのアプローチなど、策は準備しておくべきです。このリカバリー策の具体性・実現性を高めておくことで、バイサイドからのアプローチは格段に受けやすくなります。
電力小売だけではない周辺ビジネスとの組み合わせも◯
とはいえ、前述したとおり薄利多売の電力小売だけで、今回の損失を回復するまでに到底至らないことも想定されます。それほどまでにJEPXの高騰は異常な値でした。そのため、「電力小売と親和性は高いものの、JEPXの影響を受けないビジネス」をリカバリープランに仕込むことも一つの策です。具体的には、ガス小売、自家消費型PPA(Power Purchase Agreement)、蓄電池販売や、リソースアグリゲーションビジネスなど。このようにビジネス基盤がある程度成熟し、比較的収益化までの期間が短い周辺ビジネスがいくつもありますので、これらの中から自社の特徴や需要家にマッチしたもの選択・組み合わせることは、リカバリープランをより強力で納得性の高いものとするでしょう。
法的再生も最後の手段としてある
リカバリープランを準備し、実行に移すことでM&A成功の確率は全く違ってくるでしょう。しかし、バイサイド側の新電力もインパクトの大小はあれ同じような痛手を被っていますので、楽観視はできません。セルサイド企業の負債の大きさを考えると、そうそう多くの新電力が売却に成功する、ということはないでしょう。
そのため非常に厳しい判断=民事再生や会社更生などの法的再生を選択する新電力も少なくないと考えられるでしょう。幸いなことに、電力自由化の制度は需要家保護の観点が強く、法的再生をしたからと言って需要家に途端に迷惑がかかることはありません。個人的にも積極的に勧めるわけではありませんが、経営者は最終の最終手段として頭の片隅に入れておくべきだと思います。